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ファストファッションの全盛期は終わった。極論ではあるが、少なくとも日本においてはこれまで以上にファストファッションが「盛り上がる」理由が見つからない。

原宿にH&Mの日本一号店がオープンしたのは2008年秋。リーマンショックと時期が重なったことも功を奏し、若い世代から大人までが長蛇の列に並んで買い物をした。中には首の座っていない新生児を抱きながら通路で試着する新米ママもいた。時期を同じくしてその年の秋冬はユニクロのヒートテックが全国的大ヒットとなったこと、Forever 21の日本進出が重なったことなども「ファストファッション」という言葉をより一層盛り上げる要因となった。

それから約2年。H&Mは武蔵村山でも買えるようになり、ユニクロはH&Mに対抗して全店に拡大したファッションアイテムで失敗した。高所得層は消費ダイエットに飽きて高価格帯の商品にも戻り始め、低所得層の生活は改善せずに「ユニクロでも高い」と思うようになった。中所得層も家には既に十分な衣服があり、育ち盛りのこども用でもない限り洋服の数は足りている。ファストファッションを意識して小売価格を下げたアパレル企業も多く、価格差も減った。

中国のようにGDP成長率が10%前後見込める成長国や、先進国でも移民などの若年層の人口増が見込める都市ではファストファッションの成長余地は大きい。しかし、日本は世界に類を見ない高齢社会である。必要なのは見た目の流行ではなく、快適に過ごせる好価格商品なのだ。

azabujuban matsuri3 第42回麻布十番納涼まつりが8/24(金)〜8/26(日)の3日間開催された。http://www.azabujuban.or.jp/event/nouryo_2007.html 普段は都会の喧噪を感じさせない麻布十番のパティオ付近に押し寄せる人波を見て、改めて日本の祭りパワーを実感した。

麻布十番納涼まつりは、地元の老舗店や人気飲食店、大使館の料理が屋台で食べれることで有名だが、実際には約300店の屋台の大半は3日間だけ全国各地から駆けつけて出店した普通の屋台であり、特に大きな催しものがあるわけでもない。その上、値段が高い。高級飲食店の屋台やシャンパンなど、もともと単価が高い物は別としても、たこ焼き一皿500円というのはどう考えても高い。30人以上の列ができる人気屋台を含めて3,4件まわって飲食物を買うと1人2,000〜3,000円払うことになる。さらに、テーブルや椅子が皆無に近いため、ほとんどの人は立って食べるか、メイン通りから少しはずれた脇道の地べたに座り込んで食べるはめになる。

それでも、きれいに浴衣で着飾った若い男女、小さな子供連れの家族、学生、カップル、日本滞在中の様々な国籍の人がどこからともなく集まり、3日間で麻布十番納涼まつりを訪れる人は40万人以上といわれる。祭りの楽しさは、きっと祭りに行くという行為そのもの(浴衣の着付けなど準備も含めて)と、会場の活気、雰囲気にあるのだろう。お祭り本来の目的を考えると、尋常ならぬ人混みと騒音で地元離れが進んでいることには危惧の念を隠せないが、毎年大勢の人の心に夏の思い出を刻む行事として末永く続いて欲しい。

azabujuban matsuri1

花火大会といえば日本の夏の風物詩のひとつだ。今年は例年より夏らしい気候が訪れたのが遅かったため、短い夏を精一杯堪能しようと8/12(土)の東京湾花火大会に続き、8/16(木)の神宮外苑花火大会http://www.yamaguchi.net/archives/001586.htmlに出かけた。神宮外苑花火大会に行ったのは1999年以来、久しぶりだったのでとても楽しみにしていたのだが、残念ながら特別協賛のDHCの宣伝色が目立ちすぎて、エンターテイメント効果が半減していた。

神宮外苑花火大会では4つの会場があり、定員9万人の チケット代だけで推定2億円〜3億円が見込めるが、会場の設営費、1万発の花火の打ち上げ代、ゲストの出演料、企画・マーケティング、人件費その他のコストを考えればスポンサー料が重要であることは概ね理解できる。ただ、問題なのは、普段私たちが広告に触れるTVやインターネット、交通広告では興味のない広告には注意を払わず、お金がかかっているという意識も低いのに対して、神宮外苑花火大会では指定席代として1人4,500円(外苑球場の場合)払っているというコスト意識が働いていることと、観客は席に座ったまま宣伝を見聞きすることを余儀無くされている点である。

日本の花火大会は世界に誇れる技術、規模であり、様々な国籍の人々が訪れる。中でも神宮外苑花火大会は比較的容易に指定席をとれる数少ない花火大会のため、海外からのゲストを招待する人も少なくない。盛大な花火大会を開催するために決して企業スポンサーの存在を否定はしないが、日本が誇れる文化、エンターテイメントとして観客の視点にたったスポンサーのあり方、PR方法を配慮いただきたい。

uchiwa

異質と異文化

六本木ヒルズで期間限定(7/25〜8/19)オープンの「宇宙の中の水玉カフェ」http://roppongihills.com/jp/feature/vol069/kusama.html に通りがかりに立ち寄ってみた。アーティスト草間彌生さんとのコラボとあって、カフェの内装は何とも言えない独特の「Kusama world」だった。そのカフェの壁面にある彼女のメッセージを読んだとき、突然頭の中で 草間彌生さんと藤田嗣治さんの姿が重なった。

2人は時代も性別も表現方法も異なるが、その出で立ちの斬新さ、行動力、異文化の中で芸術的才能が開花した点では共通している。 二人ほどの前衛的な発想の持ち主にとっては、日本を離れて異国の地を求めることは必然だったのかもしれない。日本では理解されなかった異質さが海外ではユニークで特別だと評価を受け、その評判が時を経て日本に「逆輸入」された。残念ながら藤田嗣治さんの場合は 亡くなったずっと後にしか日本で評価されなかったようだが。。。

最近でも海外で認められてはじめて日本での名声が高まったケースは聞く。日本で有名になっても自国では全く認められない欧米人のケースとは対照的だ。異文化への関心は高いが、身の回りの異質な考えや行動に対する許容度が低い点では本質的に100年前の日本と変わっていないのかもしれない。

もしも草間彌生さんと藤田嗣治さんが青年期を2007年の日本で過ごしていたとしたら、果たしてどの程度の日本人が2人の才能を見抜けたのだろうか。

Kusama Yayoi

新宿サザンテラスに「クリスピー・クリーム・ドーナツ」(http://www.krispykreme.jp/)の日本一号店がオープンしたのは2006年12月。オープンから7ヶ月が経過したが、未だに店に入る列は1時間半待ちだ。この光景をニュースで見て、改めて日本の平和さを実感するとともに、「日常生活の中の(小さな)非日常」を垣間みた。

かくいう私も、実は今年札幌の雪祭りを訪れた際には、2泊3日の滞在期間に「けやき」というラーメン店に入るために1度ならず2度、合計で約3時間並んだ。はじめて並んだ時は店の席数を確認せずに勢いで並んでしまったため、途中で待ち時間が1時間以上かかることに気づいた時には引き返せない状態になっていた。だが、1時間以上待った後に味わったラーメンの味と香りがあまりにも希有で貴重なもののように感じ、気がつくと次の日も並んでいた。

東京ではエレベーターが15秒来ないとイライラする私がなぜ札幌では1杯のラーメンのために1時間半も待てたかというと、好奇心もさることながら、きっと札幌滞在が私にとって「非日常」であり、時間に対する感覚が日常生活とは異なっていたためではないかと思う。

前述のクリスピー・クリーム・ドーナツに戻ると、様々な行列の心理が絡んでいるのだろうが、きっと列に並んでいる間は、列の先に待つドーナツに気持ちを傾けることで日常生活のストレスや不安から少し解放され、非日常的な異空間にいることだろう。 余談だが、ある会社の社長さんから、「銀座のホステスさん達はクリスピー・クリーム・ドーナツが出来てから太って困っている」という話をうかがった。無論冗談だろうが、一瞬、お客様からいただくのだろうか、それとも昼間時間があるから並んでしまうのだろうか?と考えてしまった。。。

新宿の行列を見て私も少しクリスピー・クリーム・ドーナツにそそられ、ロンドン出張時に郊外のショッピングモールで食べてみた(待ち時間なし!)。ブログでは「甘過ぎ」という意見がやや目立つが、非日常的な空間で味わったドーナツの甘さにはほどよく心を癒された。

路上喫煙を禁止する自治体や職場での喫煙を禁止する企業は徐々に増えつつあるが、レストランの禁煙は依然として進んでいない。

私は子供の頃から煙草の煙が嫌いだったが、昨年肺に水が溜まって検査入院して以来、一層煙草の煙に敏感になった。胸水の原因は煙草と関係なく、結果的には治療の必要もなかったのだが、1週間病院に寝泊まりし、肺まで管を通して検査をされると、否が応でも健康への意識は高まるものである。

検査入院前までは会社の歓送迎会やレストランでの周囲の喫煙にも嫌々耐えていたが、入院後は、喫煙者のいる歓送迎会の場は全て断り、レストランでも周囲に喫煙者がいる場合はお店の人に言って席を替えてもらう、あるいは煙の少ない席に移れない場合はオーダーを止めてもらって早々に切り上げることにした。社会性に欠けるように思わなくもないが、自分の身は自分で守るしかないのである。

それにしても、世界でも有数のグルメ大国日本で、全席禁煙のレストランが少ないことは実に嘆かわしい。ぐるなびに登録されている飲食店の数が六本木約1400件、麻布十番約1000件に対して、禁煙スタイル・ドットコム(http://www.kinen-style.com)に登録されている六本木・麻布エリアの禁煙レストランはわずか150件だ。

世界の主要都市では、喫煙者の多いヨーロッパ諸国でも次々と公的施設での喫煙を禁止する法律が制定されている。イギリスでは既にバーやプライベートクラブを含む全建物内での喫煙が禁止されており、パリでも同様の法律が2008年から施行される。観光大国を目指す日本も他国を見習いたい。
no smoking at restaurants!

昨年の知花くららさんの準優勝に続き、今年は森理世さんがミス・ユニバース世界大会で優勝、快挙を遂げた。

開催地がメキシコシティだったことが関係したかどうかはわからないが、2位はブラジル、3位はベネズエラ、4位には韓国の代表が選ばれ、審査結果がやや偏った印象を受ける。しかも、ステージに立つ森理世さんの肌は浅黒く、かなりアイラインを強調した化粧で「日本人離れ」して見える。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070529-00000748-reu-ent.view-000&kz=ent)

とはいえ、同じ日本人女性として、20歳の日本人女性が堂々と世界大会の舞台に立ち、脚光を浴びたことは喜ばしい。

はじめに彼女のミスユニバース世界大会優勝のニュースを聞いたとき、真っ先に頭をよぎったことは、大手化粧品会社による一連の「アジアン・ビューティー」 ムーブメントへの追い風だった。花王アジエンスのコマーシャルに登場する彼女の姿まで目に浮かぶようだった。だが、前述の写真を見たとき、別の考えがわいてきた。森理世さんは、果たして日本人女性の美意識のメインストリームにどのように影響するだろうか?

彼女は日本で一般的に人気のある「可愛らしさ」や「清楚」なイメージとは程遠く、むしろ海外でアジア人がもてる「exotic」で「sexy」な雰囲気を醸し出している。また、世界的に見て異様なまでに美白にこだわる日本の美意識の常識を根底からくつがえすほど肌が浅黒い。雑誌の「GLAMOROUS(グラマラス)」や「GLITTER(グリッター)」に代表されるようなsexyさとexoticさを崇拝する読者層は確実にいるが、これまでは日本人女性全体の中ではマイナーな存在だった。

48年ぶり、歴代2人目の日本人ミス・ユニバースは、日本人女性の美意識をどう変えるだろうか。それとも、化粧品会社が後押しするアジアン・ビューティー像にはまっていくのだろうか?

(English follows Japanese)

東京ミッドタウン、丸ビル、ららぽーと、ダイヤモンドシティ。。。大型商業施設のオープンが相次ぐ。都心の地価高騰、用地不足から商業施設は郊外シフト傾向にあるものの、出店数は依然多い。開発側の立場に立てば、長年の不況トンネルを脱出した今、商業施設の開発を急ぐことは理解できる。だが、消費者の立場で見ると、モノやサービスの供給増に対して消費意欲が追いつかず、「肉離れ」をおこしているような印象を拭えない。

肉離れの原因の一つは、十分な集客力を発揮できるテナント店舗が限られ、結果的に商業施設間の差別化ができず、新たな消費需要を掘り起こせていないことにある。これは欧米の商業施設にも同じ事が言えるが、違いは、欧米では主要な商品、サービス、価格帯ごとにカテゴリーキラーと言われる代表ブランドや店舗があり、フロアマップを見れば概ねショッピングプランを立てられるのに対して、日本は1つの商業施設内に同じような商品を売る店舗が細々と乱立しているため、どこで何を買えばよいのか極めて分かりにくいことだ。一見選択肢が多くて良いように見えるが、商業施設内で既に供給過剰になっている商品やサービスも多い。

もう一つの原因は、もっと根源的なもので、一般家庭での消費意欲が臨界点に近づいていることにある。中でも、モノに対する消費意欲は顕著にその傾向が見られる。富裕層による高額消費はごく一部のブランドやサービスのみに費やされるものであり、団塊世代による孫への投資も一過性の現象だと思われる。元来新しいトレンドや消費を牽引するはずの若年層の人口は減少し、可処分所得の高い中高年層はモノに飽きはじめている。洋服や家電製品を衝動買いした後、帰宅して収納いっぱいの衣類や置き場所のない部屋を見た途端後悔したという人も少なくないだろう。さらに、傷んでもいない洋服やまだまだ使える家電を廃棄しなければならない瞬間は罪悪感に苛まれる。

ミッドタウンに押し寄せる人の波を遠目に見ると、一瞬、日本人の消費パワーに心配は無用かと思ってしまう。だが、その人並みに近づくと、あちらこちらで中国語が聞こえる。やはり日本における消費構造は目に見える形で変化しているのだ。

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From Tokyo Midtown, the new Shin-Marunouchi Building, to Lalaport, Diamond City, Japan is in a midst of a development rush for large shopping complexes. While the number of shopping facility developments is reported to decline next year due to increases in land prices and a lack of land in prime locations, those developments in suburban areas will remain high. From the developers’ point of view, it looks like the right time to open new shopping facilities now that the economic perspective has finally turned positive after a long recession. However, this rapid increase in supply of goods and services seems to be causing a “muscle strain”, as Japanese consumers do not seem to be expanding their spending on goods and services as much as the supply affords.

One reason for this muscle strain is that the new shopping complexes are rarely creating new demand by practically offering the same shopping content as their neighbor shopping complexes do. This is often the case with shopping centers in other developed countries. However, the major difference between large Japanese shopping centers and those in the U.S.A. for example, is that there are few category killers in Japan compared to their American peers. Existence of fewer category killers in large shopping centers, in most cases resulting in a conglomerate of smaller, weaker brands and shops, often gives the visitors complexity and less efficiency in shopping. Although some may prefer more options for shops than what American shopping centers can offer, having to hop in and out of small shops for nearly the same products tires most consumers. In other words, many Japanese large shopping centers oversupply within themselves.

The other reason is rather fundamental. The average Japanese household has diminishing demands for goods. (Service demands are still on the rise). There are only a small number of brands and companies who can profit from new rich extravagance. Baby-boomers’ seemingly unlimited spending for their grandchildren will have only transient and limited effects on the overall Japanese economy. Diminishing population at younger age groups is likely to weaken creation of new trends and demands while older Japanese are getting tired of new products. Many adults have already experienced a situation where they bought new clothes or electronic appliances on a spur-of-the-moment decision, brought them home, and regret to see their small closet, living room or kitchen flooded with similar products. They are also developing sense of guilt when they have to let go of their “older” but perfectly usable products in order to make space for new ones.

A wave of people crushing into Tokyo Midtown may give you an idea that the concerns for Japan’s consumption power are proven groundless. However if you take a closer look at the crowd, you’ll find significant portions of the crowd from other Asian countries. The Japanese consumption structure is indeed changing.

(English follows Japanese)

日本は、経済大国から、フランスのようなcultural icon(文化の象徴)へと変わりつつある。

海外で日本のアニメや文化、オタクの世界が”Cool Japan”ともてはやされ、アジア各地からの日本への観光客が急増する一方で、経済的な優位性は年々弱まっている。日本人の食や文化への関心は益々高まる行く一方で、日本人のビジネスに対するアプローチは長年の不況を乗り切った今でも欧米人から見ると非効率、硬直的かつ閉鎖的な面が目立つ。

少し前、様々な国の企業との取引経験を持つビジネスパーソンの間で、「パリの街は素敵だけどできればフランス企業とは仕事したくない」、という声を度々聞いた。だが、最近は「東京の街はクールだけど、日本企業と取引するのは骨が折れる」「日本人はファッションや食、電化商品に関しては類を見ないほどクリエイティブなのに、何故ビジネスになるとクリエイティビティに欠けるのか」とう声を頻繁に聞く。

文化を評価されるようになったことは実に喜ばしいことだ。 それだけ暮らしの質が豊かになったということなのだろう。ただ、本来、文化の発展は経済の発展によって支えられるものだと考えると、日本の将来に不安を抱かずにはいられない。

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Japan is transforming itself from one of the world’s leading economic powerhouses to a France-like cultural icon.

“Cool Japan” is blessed with the rising popularity of Japanese animation, the intriguing “Otaku” world, as well as the overall culture; the number of tourists to Japan has grown rapidly.  Despite these prosperous aspects of Japan, the country is significantly loosing its economic advantages.  In contrast to the increased attention to Japanese cuisine and culture, many Japanese corporations still remain unpopular, despite their survival through a long lasting recession, as their business approach is considered lacking in efficiency, flexibility and openness.

A decade ago, one of common business-cultural critiques among culture-savvy businesspersons was “Paris is great, but I’d rather avoid doing business with French corporations.”  Such a remark, however, seems to have been overwritten with one such as “Tokyo is so cool but doing business in Tokyo is so painstaking,” “Japanese are creative about the production of electronic devices and their cuisine – how come they are so not creative when it comes to business?”

There is no doubt that it is a positive phenomenon that the Japanese culture is highly regarded. Without improvements in the quality of life in Japan, this would not have happened.   Japan’s weakening economic power, however, casts a shadow on the country’s future as history tells that a rich culture is a harvest of economic prosperity.

海外での日本人

先日、あるTV番組を見て複雑な気分になった。
定年退職後に海外に移住した日本人夫婦達の生活を紹介する番組の中で、長年海外に住みながら現地の言葉をほとんど話さない日本人夫婦が何組か登場していたのだ。さらに驚いたことに、その夫婦達が生活している場所には、病院で通訳をしたりレストランの予約を取ったりする「お世話係」のような仕事だけで生計を立てる日本人がいるのだ。(皮肉なことに、お世話をしている人たちも決して現地の文化に詳しいとか現地の言葉を流暢に話せるという訳ではないようだった)

確かに大人になってからの語学習得には多大な努力を要するし、異国文化になじむためには勇気とエネルギーが必要だ。だが、異国に住むという選択肢をわざわざ自分たちで選びながら、なぜ日本人だけの狭いコミュニティーに閉じこもってしまうのだろうか。

英語に”come out of one’s comfort zone”という表現がある。 直訳すると「居心地のよい領域から出る」ということだが、人が自分の殻を破って苦手だと思っていたことや手が届かないと感じていたレベルに挑戦し、成長することを助長する際によく使われる。アメリカでは、勇気を持って”comfort zone”を広げるように学校や職場など日常生活の中で訓練を受ける。しかし日本では、一部の個別指導や英才教育を除くと、個々人の”comfort zone”を意識することは少なく、むしろクラスや同期など集団の中で平均以上なら良しとする考え方が根強い。

平均点意識の考え方は、ある程度同質化された集団の中では成り立つが、異質な人たちの中に入ると機能しなくなる。かくいう私も、留学先での1学期目は、70人以上のクラスにいながら自分にとっての拠り所は私の他にもう2人いた日本人留学生だった。その後、2学期目にはアジア人留学生、そして2年目にはクラス全体の中で自分の立ち位置を意識できるようになったが、その過程では日々自分のcomfort zoneを広げることを強いられた。もしも学校ではなく、冒頭に述べた夫婦達のように定年退職後にはじめて海外に住んだとすれば、同質な人たちに拠り所を求め続けていたのかもしれない。

人口増が見込めない日本から市場を海外に求める日本企業は多いが、その経営者、社員のほとんどは同質社会で教育を受けた人たちである。会社生き残りのための海外進出はどこまで、そしてどの程度のスピードで経営者や社員のcomfort zoneの拡大を後押しできるだろうか。

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